2008年9月 7日 (日)

池住義憲さんの報告会で名古屋高裁判決の喜びを追体験

マーカーで重要な文言をチェック!

9月6日(土)新横浜の生活クラブオルタ館で開催した「自衛隊イラク派兵違憲判決」報告会は「平和は権利」というお話からスタートしました。

初めて裁判所が米兵輸送をする自衛隊の活動を違憲と判断した、その感動を会場の参加者に伝えようと、判決の出された今年4月17日の名古屋高裁の様子を再現してくださいました。

雨の中、傘を手に多くの支援者が裁判所前で判決を待っていたこと、弁護士が垂れ幕を開いたときの外のどよめきと歓声が法廷の中に聞こえてきたことなどなど、思いがけない判決に興奮したその時を追体験させて頂きました。

判決文に重要な文言をマーカーでチェックしながら、判決内容を詳細に説明して頂きました。池住さんたちの主張の多くが取り入れられています。

このニュースを新聞で見た覚えはありますが、詳細を知るにつれ、報道機関はなぜこの内容に踏み込むことをしなかったのかと大きな疑問が沸いてきました。  (藤井皆子)

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2008年8月27日 (水)

自衛隊イラク派兵違憲判決報告会

ヒロシマの訪問をきっかけに、何か平和のための活動を続けようと生活クラブ生協の組合員有志が立ち上げたPeace Circle(ピースサークル)というグループが企画した報告会のご案内です。

今年4月名古屋高裁の「自衛隊イラク派兵差し止め請求控訴審」で画期的判決が下されました。

「自衛隊が現在行なっている米兵等の輸送活動は、他国による武力行使と一体化したものであり、イラク特措法2条2項、同3項、かつ憲法九条1項に違反する」

自衛隊イラク派兵差止訴訟の会代表、池住義憲さんに、4月17日名古屋高裁が下した違憲判決の意義、これまでの経過そして今後の活動についてお話をしていただきます。

日時:9月6日(土)午後1時~3時

会場:スペースオルタ
    (港北区新横浜2-8-4 オルタナティブ生活館地下1階 ℡045-472-6349)

講師:池住義憲さん(自衛隊イラク派兵差止訴訟の会 代表)

入場料:一般500円(高校生以下300円)

問合せ先:TEL070ー6100-2536/FAX0466-83-1738
              PeaceCircle(ピースサークル) 事務局 菅原

ちなみに私、藤井皆子もPeace Circle(ピースサークル)のメンバーの一人です。メンバーも募集しています。よろしくお願いします。(藤井 皆子)

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2008年8月 6日 (水)

8月6日広島原爆の日

鎮魂と平和の誓いを新たに

63年がたった8月6日の広島。当時100年草木も生えないといわれたまちは、国内はもとより、世界各地から平和を願う人たちが集まり、犠牲者の鎮魂と平和への誓いを立てています。

「安らかに眠って下さい/過ちは繰返しませぬから」(広島原爆慰霊碑文)

しかしながら、今なお紛争が世界のあちこちで起こり、尊い命が奪われ続けています。

今年、秋葉広島市長はまず高齢化した被爆者救済が急がれること、原爆が体だけでなく心に与える傷を実証しようという広島の取り組みを述べ、これからの平和は国ではなくローカルなネットワークで実現しようと呼びかけました。そして最後に平和憲法と言われる日本国憲法を遵守することを訴えました。

原爆を直接知る人が減っています。次の世代への平和の継承が急がれます。

暑い夏の一日。行ってらっしゃいと家族を見送った日常が、理不尽にも奪われる悲劇を、決して繰り返してはならないと思うのです。(藤井 皆子)

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2007年11月11日 (日)

命をふりしぼり被爆証言

居森清子さんに被爆体験を伺う

11月10日(土)午前10時30分~12時30分、井土ヶ谷にある生活クラブの施設、生活館みなみで映画「ヒロシマナガサキ」の冒頭で証言されている居森清子さんのお話を伺えるというので参加しました。主催は横浜みなみヒロシマ平和実行委員会です。

生活クラブ生協は組合員のカンパで毎年8月6日の原爆の日に向けて代表を派遣してきました。現地に行き、その跡をたどることで、ヒロシマの悲惨さ、原爆の恐ろしさ、戦争のおろかさを知る機会となっています。

派遣報告の後、居森さんのお話の予定だったのですが、体調が悪く、同伴のお連れ合いが原稿を読み上げての報告となりました。居森さんは日に4回痛み止めのモルヒネを打ちながら、証言をする活動を続けているそうです。曇りや雨の日は特に体調が悪く、声が出ないときがあり、いつも杖代わりに同伴しているとおっしゃるお連れ合いが1945年8月6日当日を語ってくださいました。

学校に着いて上履きに履き替えようとするその瞬間原爆が投下。小学校に通う11歳の女の子が何が起きたか分からないまま校庭に出たら黒こげの子どもを目にし、熱風を避けるために元安川につかり続けたそうです。

小学生のお子さんをつれた30代のお母さんたちは涙を流して話に耳を傾けていました。参加者10人という小さな会でしたが、証言の人を動かす力を感じました。

あと何年生きることができるかわからないけれど、この被爆証言が自分の使命(mission)と言われました。

お話を伺う機会をつくって一人でも多くの人に聞いてもらわなければ・・・。体験を語ることはできないけれど、聞く機会を設けることは私たちにできると思いました。 (藤井 皆子)

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